昔の話

あの日の八代亜紀

大学3年の年末。仲の良い女子4人で、忘年会をした。場所はいつものように、ひとり暮らしの私の部屋。 大学はそれぞれ違うので、おしゃべりが止まらない。恋愛のこと、学校のこと、サークルのこと、そろそろ考えなくてはいけない就職活動のこと。 鍋を囲ん…

配られたカード

予備校で隣の席にいたワタラセ君はとても頭がよかった。 頭がよすぎて、私のような凡人には何をどこまで考えているのかわからないフシがあった。 エントロピーについて説明してもらったがどの参考書よりもわかりやすかった。 洞察力があって思ったことを忌憚…

トルテ

それは私の住む街にあった洋菓子屋の名前だ。 水色のリボンがかかったその白い箱には、宝石みたいにきれいで、子供たちには宝石より価値のあるケーキが詰まっている。 今でも忘れられないのが、ババロア。 丸いスポンジケーキの上にリング状のババロアと、真…

人は水でできているから

大学1年の夏は暑かった。 私は入ったばかりの大学になじめず、ぼんやり辞めようかと思っていた。 でも、辞めてどうする?特にやりたいこともやるべきこともない。 実家に帰って、冴えない夏休みを過ごした後、東京に戻ってきて、しぶしぶ必修科目である体育…

19歳だった

受験が終わり、まだ寒い3月、予備校のクラスの仲間で長野に行った。 仲間のひとりの家の別荘を貸してもらえることになり、泊まりに行ったのだ。 3月の別荘地は、雪が深かった。泊まりに来ているのは自分たちだけ。外は寒い。 けど、別荘の中は暖かく、浪人…

人生にツキがある

浪人して通い始めた予備校には、チューターという方がいた。 いわゆる担任、のようなものだ。 高校までの担任と違うのは授業を担当しないこと。 我々のクラスのチューターはアオキさん。 当時「おじさん」と思っていたが、今の自分より全然若い。 最初の面談…

みるちゃんの紅茶

みるちゃんは、予備校で同じ教室にいたけど、あんまり喋ったことがなかった。 都心のおしゃれな女子高出身で、髪の毛はソバージュで、テニスをしていたからこんがり小麦色で、明らかに私の知らない世界を知っていそうな大人っぽい雰囲気をもっていた。 それ…

一隅を守る

私が卒業した中学には、モリヤマ校長先生という方がいた。 小柄で、謙虚で、いつもにこにこしていて、優しい先生だった。 よくジャージをはいて、校庭の木の手入れなんかしていた。 学校にたまたま来たうちの父はそれを見て「校長があんなことするべきじゃな…

成人式

もうすぐ成人式の時期だ。 TVで晴れ着の新成人を見るたびに、自分の成人式のことを思い出す。その式は、ひとりの来賓のために忘れることのできないものになった。