ミチイさん

ミチイさんは花屋の上得意のお客様だった。

しかし一度も顔を見たことはない。店に来たことがないのだ。

ほとんど仕事で海外におられたから、電話やFAXで発注がくる。いつもとても忙しい様子だ。その隙間を縫って電話をしているのがうかがえる。

けれど声はいつも紳士だった。イライラしたり怒ったりしたことは一度もない。

送るのは、お祝い、お見舞い、季節のお花。親しい数名の方に送ることが多かった。

ある年の年末、いつものように数件のお宅にお正月の花のオーダーを受けた。

「本当にいつもありがとうございます」とお礼を伝えたら 「ニワタさん、いつも素敵なお花を送ってもらって、助かってるのはこちらのほうなんですよ」と言われた。

本当にうれしく、その言葉にしびれた。

年末、華やいだ雰囲気のロビーを歩くゲストを横目にみながら、手をカサカサにして働いていることが急に誇らしく思えるほど。

ミチイさんは、プロとしての仕事を自分もしているからこそ、我々の花屋としての技術に敬意をはらってくれていたのだろう。

ミチイさんの言葉が私の記憶に残っているように、私の花が贈られた方の記憶に残っていてくれたらうれしいと思う。

そして自分の明日からの仕事が、相手の心に残るように日々精進したい。