ぺらぺら

会社を辞めようと思ったのは、自分が、ぺらぺらの人間だと思ってしまったからだった。

特にこれというきっかけがあったわけではない。

ほとんど記憶がないくらい、仕事ばかりしていた3年ほどの間は、そんなこと考えもしなかった。

きちんと役割を与えられ、会社に骨を埋めようと思って働いていた頃は、会社員として一番幸せだったような気がする。自分の仕事にも会社の存在意義にも、何の疑問もなかった。

いつのころからか、会社の名前と自分の名前が、ボンドでくっつけたみたいに分かちがたくなったあたりから、自分がぺらぺらな存在に思えてならなくなった。

思い込みだった面もある。

けれども、社内的にも対外的にも自分が何者か説明しなくてよくなればなるほど、肩書の入った名刺を顔の代わりに掲げている、横から見たら厚みのない、ぺらぺらで風が吹いたら飛ばされそうな人間に感じられて仕方なくなったのだ。

与えられた仕事をして給与を得る、それだけはきちんとやっていたけど、それしかやっていなかった。

きっとその負い目があったのだろう。

自分の存在に、揺るぎないどっしりした厚みがほしかった。

結婚して安心して帰る場所ができても、ぺらぺら感は解消できなかった。

ボランティアとか、地域活動とか、社会人サークルとか、他にも方法があったかもなと、今は思う。

けれどもその時は、会社を辞める、それしか、ぺらぺらな自分がぺらぺらでない自分に変わるための解決策が考えられなくなっていた。

だから辞めた時には、ほんとうに晴れ晴れした気持ちだった。

辞めたら辞めたで、その先でもっと根源的な不安におそわれることになるのだけど、とにかくこのときは、ぺらぺらな自分から脱出できるような気がして、ずっと曇っていた空が晴れたような気持ちだったことを覚えている。