信頼関係

山でのんびり暮らす、という目論見が外れて私は、街の暮らしに戻ろうとしていた。

山で「のんびり暮らす」ことができると思っていること自体、都会人の勘違い、甘えだということが1年で骨身にしみていた。

山の人はみんな働き者で、のんびりなどしていない。

挫折感を胸に就職活動をした。 なんとか、自分のこれまでの職業経験を生かせる仕事に就きたかった。

なかなか見つからず、4か月ほどハローワーク通いを続けたころ、これかなと思うものがあった。 応募にはジョブカードという書類が必要だった。 書類を書き、予約を取って、キャリアコンサルティングという面談を受ける必要があった。

ハローワークに用意されている小部屋をノックする。 入るとそこには、顔じゅう笑顔、というか、全身で笑っているような初老の女性が座っていた。

自分をまるごと受け入れてくれている雰囲気がそこにはあった。 実際に、経歴をほめてくれ、自信を回復させてくれる。 応募する会社や事業について、有益な情報も教えてくれる。

一方で、厳しいことも言われた。 ジョブカードは徹底して数値化しろ。 退職の理由も、必ず聞かれるから説明できるように。

キャリアコンサルティングは一度で終わらず、提出まで時間もあまりない中、3回は書き直したと思う。 自宅で、免許センターの待合椅子で。 それまでキャリアの数値化なんて考えたこともなかったから、吐きそうになりながら書き直した。

結果、採用されることになった。ハローワークの窓口の人も「難関だったのに!」と喜んでくれた。 面接では、辞めた会社についてくまなく退職理由を聞かれたし、ジョブカードの完成度がなかったら、通らなかったと今でも思う。

あの時、不確かで小さな希望を胸に「とにかくこの人の言う通りやってみよう」と思ったのは、あの最初の雰囲気、 「自分をまるごと受け入れてくれている」という雰囲気があったからこそだと思う。

自分はあのような雰囲気を作れているだろうか。 同じ仕事をするようになって3年、ふり返らなくてはと切実に思っている。